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インダストリー4.0の死角?
メルケル首相の憂鬱
私はイノベーション論考【第1回】の「はやり言葉の功罪」の中で「第四次産業革命の中身はドイツのインダストリー4.0だったりする」とやや後ろ向きな表現をした(ただし否定はしてない)。
定義に関しては各サイトでいろいろな説明があるようだがざっくりとまとめると、「工場を中心にしての水平方向(サプライチェーン)と垂直方向(部品から製品組立まで)をすべて通信(IOT)で連携させて効率よくマスカスタマイゼーションを実現する」ということらしい。
メルケル首相が「インダストリー4.0」の旗を上げたのにはいろいろ理由があるようだ。
- 日本以上に中小製造業(ミッテルシュタント)に依存する産業構造を持つドイツは、国内の賃金コスト上昇を懸念して周辺の低賃金国へシフトしてきた。その結果国内では製造業の空洞化が起き、また頼みの綱となる労働力は少子高齢化により減少し続けている。
- 原子力推進派だったメルケル首相は福島事故の映像に驚愕し、2022年までに原発全面廃止を決めた。 これにより少なくとも短期的にはエネルギーコストは上昇し、将来にわたりクリーンエネルギーのみで競争優位に立たなければいけないというハンデを背負った。
- 上記の課題を解決するためは産業の高付加価値化が必須であり、それを実現するため個別ニーズにマッチしたマスカスタマイゼーションを低コストで実現する仕組みを構築する必要があった。
といったところだろうか?
またインターネットやモバイル機器などで先を越された米国への脅威がトラウマになっているという指摘もある。
インダストリー4.0の誕生秘話?
メルケル首相としてはマイクロソフトやグーグルなどに匹敵する”ドイツのITジャイアント”SAPに頼りたくなるのもわかるような気がする。
ところで皆さんはこのSAPとメルケル首相はもともとサッカーつながりがあることをご存じだろうか? 2014年のW杯でドイツが見事優勝した裏にはあのSAP/HANAがあったのだ。 詳細はダイアモンド社のIT&ビジネスの記事「サッカーW杯優勝のドイツ代表が8年間改善してきた「数字」とは?」をご覧いただきたい。
一方、SAPジャパンでは自社のホームページでインダストリー4.0について以下のように説明している。
「Industrie 4.0へのアドバイス、サポートをする研究機関として主要な役割を果たすのが、将来の課題に対して技術的観点から提言を行うドイツ技術科学アカデミー(acatech)です。このドイツ技術科学アカデミーの会長は、SAPの元会長兼CEOであるヘニング・カガーマンです。ヘニング・カガーマンは、上記のIndustrie 4.0 Platformにも参画しており、2013年には「戦略的イニシアチブIndustrie 4.0実装に向けた提言」を筆頭著者として発表しています。」
カガーマン氏はMESがほしかった?
SAP社の直近の業績は「2015年10-12月売上高は予想上回る-主力製品で顧客つなぎ留めた」(bloomberg社)としているが、データベースやHANAに続くビックスターは未だ見えておらずこのままではじり貧になる可能性を捨てきれない中で、元CEOのカガーマン氏が救いの手を出したくなってもおかしくない。 ERPとMES(Manufacturing Execution System)(※1)を統合的に扱うSAPプラットフォームでドイツ国家に貢献する、ひいては「中国製造2025」等同床異夢の取り込みを含めて全世界に貢献できるのならばカガーマン氏をはじめ現経営陣自らが提案したくなるに違いない。
いずれにしてもメルケル首相はドイツ固有の問題の解決に全力を注ぐべきだし、そのためにご自身の人脈を頼るというのはごく自然なことである。 もちろん日本においても必要なコンソーシアムに参加すべきだろうし、参考になるものはどんどんフィードバックしていくべきだろう。
(※1)MES(Manufacturing Execution System、製造実行システム)とは、工場の生産ラインの各部分とリンクすることで、工場の機械や労働者の作業を監視・管理するシステム。 MESは、作業手順、入荷、出荷、品質管理、保守、スケジューリングなどとも連携することがある。(wikipediaより引用)
インダストリー4.0の死角
私が懸念しているのはある対策を考える際にリソースが限られている以上「やるべきこと」には優先順位がつく。 そしてその優先順位が最も高いものを外して成功を収めようとしてもなかなかうまく事が運ばない、ということは多かれ少なかれ皆さんも経験しているだろう。 そこに「インダストリー4.0の死角」なる危うさを感じる。
つまり、まず私たちが考えなければならないのは今起きているイノベーションの方向性(世の中が求めているものやサービス)がどこへ向かっているのか? またこの社会はどのように変貌していくのか/させていくべきなのか?ということを模索していくべきだろう。 それを明確にしたうえでその社会で必要となるモノの作り方にフォーカスをするというのが本来あるべき姿ではないだろうか?
まとめ
イノベーション論考【第1回】において、「今はIOTという大海の中でイノベーションがカンブリア爆発を起こしている状態だ」、という説明をさせてもらった。 一つ一つは小さいかもしれないが(前回からこれを「プチ・イノベ」と呼んでいる)それが次第に社会システムすら変えていくパワーになっていく。 それがどんな方向に向かっていくのか? それを探るため【第1回】でふれたコンピュータ史に加え次回以降は、ソリューション史、社会的ニーズの3つの観点から検証しそこに日本の活路を読み解いていきたい。
2016年2月22日